2018/06/30

『失われた時を求めて』の翻訳あれこれ

『失われた時を求めて』には複数の翻訳バージョンがあります。読書の快楽を求めるのであれば、自分の好みに合わせてどれを選んでも良いかと思います。訳者がその作家的感性にもとづいて丹念に紡いだ日本語で小説を味わいたいとか、長大な小説世界をもっと平明な文章で駆け抜けてみたいとか。

岩波文庫版
もし、読書の快楽に終始せず、フランス語には疎くても、プルーストが小説に込めた秘義というか真髄のようなものにもっと近づきたい、あるいは研究者のような好奇心も追ってみたいのなら、岩波文庫版(吉川一義訳)を手にするのが最良だと思います。適切な注釈に秀逸な読書ガイドなどは、漫然と読んでいては見過ごしてしまう注目点を教えてくれます。豊富な図版にみる史料価値の高さは、本国フランスの研究者さえ驚くほどだそうで、他のバージョンに比べても抜きん出ています。

翻訳それ自体もとても野心的です。先行の翻訳をしのぐ正確さに加えて、日本語としての読みやすさを保ちながらも原文の語順を尊重するという大胆な試みもなされています。「拙訳の目標は、原文の持ち味を損なうことなく、できるかぎり読みやすく理解しやすい訳文を読者に提供することに尽きる。」(*) 試しに、「コンブレー」での鈴の音の場面や、雨が降り出してくる情景などを抜き出してみても、ほかの訳文よりも情景が鮮やかに浮かんでくることがわかります。 
(*) 吉川一義「プルースト邦訳の可能性」より引用(澤田直・坂井セシル編『翻訳家たちの挑戦 ─日仏交流から世界文学へ』水声社、所収)。

光文社古典新訳文庫版
あくまでも推測ですが、小説好きのディレッタントには、岩波文庫版の日本語は少々味気ないかもしれません。原文に忠実なところに少々説明的に感じられる一方(決して直訳ではないのだけど)、筑摩書房版や光文社古典新訳文庫版のほうが、日本語として詩的で薫り高いと感じるのではないのでしょうか。後者の訳者の方々は研究者であるとともに、若い頃には作家を志望していたのかもしれません。自分の作家魂をプルーストの小説に仮託している、訳文からそのような印象を受けます。一方、岩波文庫版は、あくまでプルーストの態度に忠実であろうとし、詩的な雰囲気を保ちつつも冷徹な評論家としての文体、あるいはモラリスト調の文体に近い翻訳という印象があります。

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集英社版
つい岩波文庫版をひいきにしてしまうのは、ある市民講座で、訳者である吉川一義さんご本人のお話を実際にうかがったからかもしれません。枕頭の書はモンテーニュの『エセー(随想録)』だとおっしゃっていた覚えがあります。受講者からのどんなにとんちんかんな? 質問にも懇切丁寧にお答えくださるだけでなく、そういった質問からさらに新しい発見を引き出されるすばらしい方だと思います。ちなみに、氏はフランス語初学者向けの仏和辞典として好評な「ディコ仏和辞典」(白水社)の編集責任者でもあり、私が学習したフランス語の教科書にもお名前が載っていました。私がフランス語を始めたときから、そしてプルーストを知る以前から、すでに「お世話になっていた」ことになります。

学生時代に集英社版(鈴木道彦訳)で初めて通読した『失われた時を求めて』の長い長い旅程を、今は吉川一義さんの導きで改めてたどっているところです。

〔『失われた時を求めて』の主な翻訳〕
  • 井上究一郎訳 『失われた時を求めて』筑摩書房/ちくま文庫
  • 鈴木道彦訳 『失われた時を求めて』集英社/集英社文庫
  • 高遠弘美訳 『失われた時を求めて』光文社古典新訳文庫(刊行中)
  • 吉川一義訳 『失われた時を求めて』岩波文庫(2019年11月完結)