2017/11/25

保苅瑞穂『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』

プルーストの『失われた時を求めて』では、パスカルやラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエールなどの代表的なモラリストの名をところどころで見つけられるものの、モンテーニュの名は一切出てきません(*)。しかし、小説のなかで人間の多面性や重層性を鋭い筆致で描いているように、その卓越した人間観察ぶりをみる限り、プルーストがモンテーニュの『エセー(随想録)』を読んでいなかったとはとても考えられません。
(*) 第4篇『ソドムとゴモラ』のなかで、ある登場人物の台詞に「我なにを知るや?」の有名な標語(『随想録』第2巻第12章)が出てくる程度。


本書の著者はプルースト研究の大家であるだけに、モンテーニュについて語るなかで、時折プルーストが顔を出します。ごく自然にモンテーニュとプルーストとの類似、あるいはプルーストがモンテーニュを下敷きにしている節などに触れています。書簡の引用から、実際にプルーストが『エセー』を読んでいたことも分かります。とにかく、『エセー』の読者だけでなく、『失われた時を求めて』の読者にとっても親近感のもてる一冊ではないかと思います。

ところで、『エセー』の読者にはお馴染みの[a] [b] [c] の符号。初版と加筆時期によるテクストの違いを示すもので、普通に読んでいるあいだは気にも留めないものです(これらの符号は一般の読者には不要だという編訳者もいます)。しかし、本書ではこの符号、つまりモンテーニュが執筆した時期の違いに注目した考察が繰り広げられます。そして、そのどれもが興味深く、説得力があるものになっています。

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本書の著者のような方が『エセー』の新訳を手がければ良かったのにと思います。ところどころで祖父の研究を参考にした考察が展開されていたことに嬉しく思ったこともありますが、モンテーニュの人生と著作の両方に寄り添いながら、穏やかで丁寧に文章が書かれているさまをみて、何よりも、モンテーニュの生き方に共鳴する著者自身の姿勢に、つくづくそう感じたのでした。

保苅瑞穂『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』(講談社学術文庫)

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