【心理小説】
- 人間内部の心理の動きに焦点をあて、その分析、観察を主眼とする小説。社会の成員としての人間を外側から描写する写実小説と対比される。
- フランスにおいて特に発達した小説の一ジャンルで、人間の心理、ことに恋愛心理の微妙なあやを克明に分析し、彫琢された簡潔な文体で記述するのが特徴。
- 作中人物の心理の動きに焦点を当て、その観察・分析を主眼とする小説。
コトバンクより抜粋
フランスには、人物の内面に焦点をあてた心理分析的な小説の伝統があると言われます。現代にまで連なる心理小説として、嚆矢にはラ・ファイエット夫人の『クレーヴの奥方』が挙げられ、その系譜は18世紀以降も受け継がれています。
実際のところ、心理小説とは何かという明確な定義があるわけではないようで、文学史のなかでも、時代を横断した形で「心理小説」と項目立てて、分類・特化した記述はあまりないようにみえます。
ここでは文学史の書物を参考にしながら、ごく個人的な観点でフランス伝統の心理小説の代表作を並べてみます。
17世紀・18世紀
- ラ・ファイエット夫人『クレーヴの奥方』 La Princesse de Clèves (1678) ...生島遼一訳(岩波文庫)、永田千奈訳(光文社古典新訳文庫)など
- マリヴォー『マリアンヌの生涯』 La Vie de Marianne (1731-1741) ...佐藤文樹訳(岩波文庫)
- プレヴォー『マノン・レスコー』 Histoire du Chevalier des Grieux et de Manon Lescaut (1731) ...河盛好蔵訳(岩波文庫)、野崎歓訳(光文社古典新訳文庫)など
- クレビヨン・フィス『M侯爵夫人のR伯爵への手紙』 Lettres de la marquise de M*** au comte de R*** (1732)
- ラクロ『危険な関係』 Les Liaisons dangereuses (1782) ...伊吹武彦訳(岩波文庫)、竹村猛訳(角川文庫)など
19世紀
- シャトーブリアン『ルネ』 René (1802) ...辻昶訳(旺文社文庫)
- セナンクール『オーベルマン』 Oberman (1804) ...市原豊太訳(岩波文庫)
- コンスタン『アドルフ』 Adolphe (1816) ...新庄嘉章訳(新潮文庫)、大塚幸男(岩波文庫訳)
- スタンダール『赤と黒』 Le Rouge et Noir, Chronique du 19 siècle (1830) ...小林正訳(新潮文庫)、桑原武夫・新庄嘉章訳(岩波文庫)
- ミュッセ『二人の恋人』 Les Deux Maitresses (1837) ...新庄嘉章訳(新潮文庫)、小松清訳(岩波文庫)
- サンド『愛の妖精』 La Petite Fadette (1849) ...宮崎嶺雄訳(岩波文庫)、篠沢秀夫訳(中公文庫)
- フローベール『ボヴァリー夫人』 Madame Bovary (1857) ...生島遼一訳(新潮文庫)、山田爵訳(河出文庫)
- フロマンタン『ドミニック』 Dominique (1863) ...安藤元雄訳(中公文庫)
- ブールジェ『嘘』 Mensonges (1887) ...内藤濯(岩波文庫)
- ブールジェ『アンドレ・コルネリス』 André Cornélis (1887) ...田辺保訳(中央公論社)
- ミルボー『小間使の日記』 Le Journal d'une femme de chambre (1900) ...山口年臣訳(角川文庫)
20世紀
- ジッド『狭き門』 La porte étroite (1908) ...山内義雄訳(新潮文庫)、川口篤訳(岩波文庫)
- プルースト『失われた時を求めて』 À la recherche du temps perdu (1913-1927) ...吉川一義訳(岩波文庫)、鈴木道彦訳(集英社)
- ラルボー『幼なごころ』 Enfantines (1918) ...岩崎力訳(岩波文庫)
- ラルボー『恋人たち、幸せな恋人たち』 Amants, heureux amants (1923) ...石井啓子訳(ちくま文庫)
- コレット『シェリ』 Chéri (1920) ...工藤庸子訳(岩波文庫)
- コレット『青い麦』 Le Blé en herbe (1923) ...堀口大學訳(新潮文庫)
- コレット『牝猫』 La Chatte (1933) ...工藤庸子訳(岩波文庫)
- シャルドンヌ『祝婚歌』 L'Épithalame (1921) ...山口年臣訳(角川文庫)
- ラクルテル『ジルベルマン(反逆児)』 Silbermann (1922) ...青柳瑞穂訳(新潮文庫)
- コクトー『大胯びらき』 Le Grand Écart (1923)...澁澤龍彥訳(河出文庫)
- コクトー『恐るべき子供たち』 La Les Enfants Terribles (1929) ...中条省平訳(光文社古典新訳文庫)
- ラディゲ『肉体の悪魔』 Le Diable au corps (1923) ...新庄嘉章訳(新潮文庫)、中条省平訳(光文社古典新訳文庫)
- ラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』 Le Bal du comte d'Orgel (1924) ...堀口大學訳(講談社文芸文庫)、新庄嘉章訳(新潮文庫)
- モーリヤック『テレーズ・デスケルー』 Thérèse Desqueyroux (1927) ...遠藤周作訳(講談社文芸文庫)
- モーロワ『愛の風土』Climats (1928) ...朝倉季雄訳(新潮社)
- モーロワ『宿命の血』Le Cercle de famille (1932) ...新庄嘉章, 桜井成夫訳(新潮社)
- アルラン『秩序』L'Ordre (1929) ...佐藤文樹訳(弘文堂書房)
- ドリュ・ラ・ロシェル『ジル』Gilles (1939) ...若林真訳(国書刊行会)
- サロート『見知らぬ男の肖像』 Portrait d'un inconnu (1948) ...三輪秀彦訳(河出書房新社)
- サロート『プラネタリウム』 Le Planétarium (1959) ...菅野昭正訳(新潮社)
- シムノン『判事への手紙』Lettre a mon juge (1947) ...那須辰造訳(早川書房 )
- シムノン『かわいい悪魔』 En cas de malheur (1956) ...中村真一郎訳(集英社)
- シムノン『ビセートルの環』 Les Anneaux de Bicêtre (1963) ...三輪秀彦訳(集英社)
- ビュトール『心変わり』 La Modification (1957) ...清水徹訳(岩波文庫)
- サガン『悲しみよ こんにちは』Bonjour Tristesse (1954) ...河野万里子訳(新潮文庫)
- ソレルス『奇妙な孤独』Une curieuse solitude (1958) ...清水徹訳(新潮社)
なかには「心理小説」の名のもとに含めてもよいのか、反対に、なぜあの作家のあの作品が掲げられていないのかなど、疑問符の付くところが多々あるかと思います。また、現代作品については寡聞にして知らず。古典的評価の高い作品などご教示くだされば幸いです。
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心理分析、心理解剖を叙述するためには、登場人物と同じくただ感情にまかせて語るのでは、読者には伝えられない。たとえ恋愛感情が主題であっても、作者においては冷徹な知性が働いているからこそ、明晰にして緻密な描写や語りが生み出されるのではないかと思います。
会話の様子などをうかがう限り、フランスの人は考えだけでなく、気持ちや感情を相手に伝える際も、できる限り言葉に尽くす努力を惜しまないように思います。日本人であれば感情的になって諍いに陥ってしまいそうな勢いでも、フランス人のほうは互いに舌鋒鋭く論戦を繰り広げた末に、にこやかに握手して別れるといった印象を抱きます。これも理知に重きを置く国民性だからでしょうか? 心理分析に優れた小説が、なぜフランスでとくに発達したと言われるのか。鋭い観察を通じて人間精神のあり様を探究するモラリスト文学の伝統とも相俟って、そのような国民性といったものが由来しているのではないか、などと思ったりします。
〔参考〕
- 饗庭孝男・朝比奈誼・加藤民男編『新版 フランス文学史』(白水社)
- 田村毅・塩川徹也編『フランス文学史』(東京大学出版会)
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