シムノンはメグレ警視シリーズ以外にも多くの小説を書いており、シリーズものではない一連の作品は「ロマン・デュール romans durs」と呼ばれています。文字通りに言えば「硬い小説」ですが、«dur» は形容する言葉や文脈によって「厳しい」「難しい」「抵抗のある」「耐える強さがある」などの意味にもなり、そういったニュアンスをさまざま含んでいるのかもしれません。
ほかに「運命の小説 romans de la destinée」という呼び方もあります。メグレが「運命の修繕人 raccommodeur de destinées」と呼ばれているところに由来しているのかもしれません。こちらのほうがイメージに結びつきやすく、一連の小説から受ける印象にも合っているように感じます。シムノン自身は「ロマン・ロマン romans romans」と言っていたそうです。
フランスで出版されている全集の収録数によると、「ロマン・デュール」は117作品あります。ここに、日本語名でその一覧を作ってみました。太字は邦訳のあるものです(40作品ほど)。邦訳がないのは勝手に付けたもので、内容にあまり即していない訳題になっているかもしれません......
【シムノン「運命の小説(ロマン・デュール)」一覧】
- 『アルザスの宿』Le Relais d'Alsace, 1931
- 『北海の惨劇(北方洋逃避行)』(ポラリス号の乗客)Le Passager du Polarlys, 1932
- 『仕立て屋の恋』(イール氏の婚約)Les Fiançailles de Monsieur Hire, 1933
- 『月の一撃』Le Coup de Lune, 1933
- 『運河の家』La Maison du canal, 1933
- 『赤いロバ』L'Âne Rouge, 1932
- 『向かいの人々』Les Gens d'en face, 1933
- 『てんかんの発作』Le Haut Mal, 1933
- 『倫敦から来た男』L'Homme de Londres, 1934
- 『下宿人』Le Locataire, 1934
- 『情死』(自殺者たち)Les Suicidés, 1934
- 『ピタール家』Les Pitard, 1935
- 『アヴレノスの客たち』Les Clients d'Avrenos, 1935
- 『黒人街』Quartier nègre, 1936
- 『逃亡者』L'Évadé, 1936
- 『遠洋航海』Long Cours, 1936
- 『コンカルノーの老嬢たち』Les Demoiselles de Concarneau, 1936
- 『日蔭で摂氏45度』45° à l'ombre, 1936
- 『ドナデュの遺書』Le Testament Donadieu, 1937
- 『人殺し』L'Assassin, 1937
- 『眼鏡をかけた白人』Le Blanc à lunettes, 1937
- 『近郊』Faubourg, 1937
- 『渇きの人々』Ceux de la soif, 1938
- 『出口なき道』Chemin sans issue, 1938
- 『テレマック号の生存者たち』Les Rescapés du Télémaque, 1938
- 『友人たちの3つの犯罪』Les Trois Crimes de mes amis, 1938
- 『不審人物』Le Suspect, 1938
- 『ラクロワ姉妹』Les Sœurs Lacroix, 1938
- 『バナナの観光客』Touriste de bananes, 1938
- 『ロニョン刑事とネズミ』(ねずみ氏)Monsieur La Souris, 1938
- 『港のマリー』La Marie du port, 1938
- 『汽車を見送る男』L'Homme qui regardait passer les trains, 1938
- 『旅館「白馬」』Le Cheval-Blanc, 1938
- 『クー・ド・ヴァーグ(集落「波濤」)』Le Coup-de-Vague, 1939
- 『クルールの店』Chez Krull, 1939
- 『フールネの市長』Le Bourgmestre de Furnes, 1939
- 『医師マランパン』Malempin, 1940
- 『家の中の見知らぬ者たち』Les Inconnus dans la maison, 1940
- 『重罪院』Cour d'assises, 1941
- 『医師ベルジュロン』Bergelon, 1941
- 『アウトロー』L'outlaw, 1941
- 『雨が降るよ、羊飼いの娘さん』Il pleut bergère..., 1941
- 『万聖節の旅人』Le Voyageur de la Toussaint, 1941
- 『7人の乙女の家』La maison des sept jeunes filles, 1941
- 『伯父のシャルルは閉じこもった』L'Oncle Charles s'est enfermé, 1942
- 『片道切符』(寡婦のクーデルク)La veuve Couderc, 1942
- 『カルディノーの息子』Le fils Cardinaud, 1942
- 『べべ・ドンジュの真相』La vérité sur Bébé Donge, 1942
- 『憲兵の報告』Le rapport du gendarme, 1944
- 『ルーエ家の窓』La Fenêtre des Rouet, 1945
- 『モンド氏の失踪』La Fuite de monsieur Monde, 1945
- 『フェルショー家の兄』L'Aîné des Ferchaux, 1945
- 『ポワティエの婚礼』Les Noces de Poitiers, 1946
- 『マンハッタンの哀愁』(マンハッタンの3つの部屋)Trois chambres à Manhattan, 1946
- 『マエ家の集まり』Le Cercle des Mahé, 1946
- 『燃え尽きて』Au bout du rouleau, 1947
- 『判事への手紙』Lettre à mon juge, 1947
- 『オーステンデの一族』Le Clan des Ostendais, 1947
- 『マルー家の運命』Le Destin des Malou, 1947
- 『密航者』Le Passager clandestin, 1947
- 『マレトラ財務報告』Le Bilan Malétras, 1948
- 『失われた牝馬』La Jument perdue, 1948
- 『雪は汚れていた』La neige était sale, 1948
- 『血統書』Pedigree, 1948
- 『瓶の底』Le Fond de la bouteille, 1949
- 『帽子屋の幻影』Les Fantômes du chapelier, 1949
- 『哀れな男の4日間』Les Quatre Jours du pauvre homme, 1949
- 『町の新参者』Un nouveau dans la ville, 1950
- 『ブーベ氏の埋葬』L'Enterrement de Monsieur Bouvet, 1950
- 『緑の鎧戸』Les Volets verts, 1950
- 『伯母のジャンヌ』Tante Jeanne, 1951
- 『アナイスのために』(アナイスの時)Le Temps d'Anaïs, 1951
- 『新しい人生』(新しいかのような人生)Une vie comme neuve, 1951
- 『斜視のマリー』Marie qui louche, 1952
- 『ベルの死』La Mort de Belle, 1952
- 『リコ兄弟』Les Frères Rico, 1952
- 『アントワーヌとジュリー』Antoine et Julie, 1953
- 『鉄の階段』L'Escalier de fer, 1953
- 『赤信号』Feux rouges, 1953
- 『罰せられざる罪』Crime impuni, 1954
- 『エヴァートンの時計屋』L'Horloger d'Everton, 1954
- 『グラン・ボブ』Le Grand Bob, 1954
- 『証人たち』Les Témoins, 1955
- 『黒いボール』La Boule noire, 1955
- 『共犯者たち』Les Complices, 1956
- 『かわいい悪魔』(不運な場合に)En cas de malheur, 1956
- 『妻のための嘘』(アルハンゲリスク出身の小男)Le Petit Homme d'Arkhangelsk, 1956
- 『息子』Le Fils, 1957
- 『黒人』Le Nègre, 1957
- 『ストリップ・ティーズ』Strip-tease, 1958
- 『元老』Le Président, 1958
- 『境界線の通過』Le Passage de la ligne, 1958
- 『日曜日』Dimanche, 1959
- 『老婦人』La Vieille, 1959
- 『寡夫』Le Veuf, 1959
- 『闇のオディッセー』(テディベア)L'Ours en peluche, 1960
- 『ベティー』Betty, 1961
- 『離愁』(列車)Le Train, 1961
- 『扉』La Porte, 1962
- 『他の人々』Les Autres, 1962
- 『ビセートルの環』Les Anneaux de Bicêtre, 1963
- 『青の寝室』La Chambre bleue, 1964
- 『小犬を連れた男』L'Homme au petit chien, 1964
- 『ちびの聖者』Le Petit Saint, 1965
- 『ヴェネツィアからの列車』Le Train de Venise, 1965
- 『告解室』Le Confessionnal, 1966
- 『オーギュストの死』La Mort d'Auguste, 1966
- 『猫』Le Chat, 1967
- 『引っ越し』Le Déménagement, 1967
- 『監獄』La Prison, 1968
- 『手』La Main, 1968
- 『ヘーゼルナッツはまだある』Il y a encore des noisetiers, 1969
- 『11月』Novembre, 1969
- 『金持ちの男』Le Riche Homme, 1970
- 『オディールの失踪』La Disparition d'Odile, 1971
- 『ガラスの檻』La Cage de verre, 1971
- 『妻は二度死ぬ』(知らずにいる人々)Les Innocents, 1972
***
最近、シムノンの「運命の小説」をまた読むようになり、この人の書く小説にはやっぱり惹かれるなあと感じました。117作すべては無謀にしても、ときおりこの一覧を眺めつつ、できるだけたくさんの「運命の小説」を読めたらと思います。
〔余談〕
ここには短編(フランス語では «nouvelles» とか «contes» という言葉で呼ばれる作品)を挙げていません。「運命の小説」に類する短編だけでも、シムノンは23作品書いているようです。
〔参考〕
- Maurice Piron, L'Univers de Simenon, guide des romans et nouvelles (1931-1972) de Georges Simenon, Presses de la Cité, 1983
- メグレ警視シリーズ完読計画 in Le Blog Sibaccio
- ジョルジュ・シムノンの著作一覧(仏語) in Wikipedia
- シムノン「ロマン・デュール」全集第1巻〜第4巻、オムニビュス社(仏語)in Lisez!
- シムノン「ロマン・デュール」全集第5巻〜第8巻、オムニビュス社(仏語)in Lisez!
- シムノン「ロマン・デュール」全集第9巻〜第12巻、オムニビュス社(仏語)in Lisez!
- 注目すべきシムノンの文学的作品 in メグレ警視のパリ
- ジョルジュ・シムノン in Aga-search.com
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