2023/04/01

『失われた時を求めて』の架空地名 バルベック編

コンブレー編からのつづき)

バルベックとその周辺
バルベック Balbec (①36(*))は、青年になった「私」が夏の数ヶ月を過ごす保養地で、英仏海峡に臨むノルマンディー海岸に位置するという設定です。主要なモデルとなったのは、リゾート地として有名なカブール Cabourg で、プルーストも第1次世界大戦が始まるまでの7年間、毎年ここで夏を過ごしました。第2篇《花咲く乙女たちのかげに》の後半(岩波文庫版の第4巻)から本格的に登場し、パリに次ぐ小説の主要な舞台になっています。

(*) 地名に付した丸数字と数字の組み合わせは、岩波文庫版『失われた時を求めて』における初出箇所を示しています。①120 は第1巻の120ページ、といった具合です。


《バルベックにかかるいくつかの名》
  • バルベック=プラージュ Balbec-Plage(浜辺、グランドホテル Grand-Hôtel のあるところ)...④37
  • バルベック=ル=ヴィユ Balbec-le-vieux(旧市街)...④61
  • バルベック=アン=テール Balbec-en-terre(バルベック=ル=ヴィユの別名)...④61
  • バルベック=ドートル=メール Balbec d'Outre-Mer(ドーヴァーから見て「海の向こうのバルベック」)...⑨199
Grand-Hôtel, Cabourg
《周辺》
  • カナプヴィル Canapville ...④407
  • カルクヴィル Carqueville ...④160
  • カルクチュイ Carquethuit ...④420
  • グラットヴァスト Grattevast ...⑧412
  • サン=ジャン=ド=ラ=エーズ Saint-Jean de la Haise ...⑨327
  • サン=ピエール=デ=ジフ Saint-Pierre-des-Ifs ...⑨79
  • サン=マルス=ル=ヴェチュ Saint-Mars-le-Vêtu ...④154
  • サン=マルタン=デュ=シェーヌ Saint-Martin-du-Chêne ...⑨187
  • サン=マルタン=ル=ヴェチュ Saint-Martin-le-Vêtu ...⑨91
  • シャントピーの森 bois de Chantepie ...⑨163
  • ドゥーヴィル Douville  ...⑧411
  • ドンシエール Doncières ...④200 (①36)
  • パルヴィル〔=ラ=バンガール〕 Parville-la-Bingard ...⑨29
  • フェテルヌ Féterne ...④117
  • マルクーヴィル=ロルグイユーズ  Marcouville l’Orgueilleuse ...④67
  • メーヌヴィル〔=ラ=タンチュリエエール〕 Maineville-la-Teinturière ...④67
  • ユディメニル  Hudimesnil ...④177
  • ラ・ソーニュ La Sogne ...④502
  • ラ・ラスプリエール La Raspelière ...⑧344 (③26)
  • リヴベル Rivebelle ...④94
  • レ・クルーニエ Les Creuniers ...④552

バルベック周辺には、架空の地名と実在する地名とが混在しながら、小説全篇に渡って数多く出てきます。プルースト自身もノルマンディーやブルターニュのさまざまな場所を訪れており、土地の風景や土地の名に触れて小説の構想を膨らませたのかもしれません。

***

もっぱら翻訳で『失われた時を求めて』を読んでいると、地名がフランス語でどんな綴りなのかを意識せずにいてしまいがちかでした。ところどころ気になった文章が原文ではどう書かれているのかを見比べたり、主な登場人物はどんな名前なのか(Swann, Gilberte, Vinteuil, Elstir, Bergotte, Charlus, Albertine...)を確認することはあったけれど、このようにまとめてみると、地名、とくに架空の地名についてはコンブレーとバルベック以外、読書中は思いのほか無関心だったことに気づきました。小説には「土地の名...」という章が2つもあるというのに......

〔参考〕
  • Marcel Proust, À la recherche du temps perdu (Gallimard, 1946) in Wikisource
  • Marcel Proust, À l'ombre des jeunes filles, «folio», 1988
  • マルセル・プルースト『失われた時を求めて』全14巻、吉川一義訳(岩波文庫)... とくに主な架空地名の一覧が載っている第4巻と第9巻、地名索引を含む第14巻。
  • フィリップ・ミシェル=チリエ『事典 プルースト博物館』保苅瑞穂監修(筑摩書房)

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