プルーストの『失われた時を求めて』にはコンブレーやバルベックなど、架空の地名が多く出てきます。プルーストがこれらの地名をフランス語でどのように綴っているのか、翻訳で小説を読んでいると見過ごしがちなので、ここにまとめてみようと思います。
コンブレーとその周辺コンブレー Combray (①31(*))は主人公の「私」が少年時代に春から夏にかけての休暇を過ごした田舎町。フランスの北東部シャンパーニュ地方に位置するという設定ですが、町の様子や風景の描写には、パリ南西100キロにあるイリエ Illiersとその一帯に広がるボース平野 La Beauce が想い起こされます。ちなみに、イリエはプルーストの父親の故郷で、プルースト生誕100年の1971年にイリエ=コンブレーと町の名が改められています。
(*) 地名に付した丸数字と数字の組み合わせは、岩波文庫版『失われた時を求めて』における初出箇所を示しています。①120 は第1巻の120ページ、といった具合です。
《通りの名》
- サン=ジャック通り rue Saint-Jacques ...①120
- サン=チレール通り rue Saint-Hilaire ...①120
- サン=ティルドガルド通り rue Sainte-Hildegarde ...①120
- サン=テスプリ通り rue du Saint-Esprit ...①120
- サントライユ通り rue de Saintrailles ...⑦415
- ペルシャン通り rue des Perchamps ...①333
- ラ・キュール通り rue de la Cure ...①192
- ラ・ブルトヌリー通り rue de la Bretonnerie ...⑦415
- ロワゾー通り rue de l’Oiseau ...①120
- カミュの店 chez Camus (食料品店)...①135
- カルヴァリオの丘 le Calvaire ...①256
- サン=チレール教会 église Saint-Hilaire ...①120
- ボランジュの店 épicerie Borange(食料品店)...①195
- 旧橋 Pont-Vieux ...①138
- ラパンの店 pharmacie de M. Rapin(薬屋)...①148 (①51)
- ロワゾー・フレシェ hôtellerie de l’Oiseau Flesché(旅籠)...①120
Château de Tansonville |
《周辺》
- ヴィヴォンヌ川 la Vivonne ...①117
- ヴィユヴィック Vieuxvicq ...①384 (*)
- ゲルマントのほう le côté de Guermantes ...①238
- サン=タンドレ=デ=シャン Saint-André-des-Champs ...①318
- シャンピユ Champieu ...①318
- ジュイ=ル=ヴィコント Jouy-le-Vicomte ...①97
- スワン家のほう le côté de chez Swann ...①296
- タンソンヴィル Tansonville ...①32
- チベルジー Thiberzy ...①153
- マルタンヴィル〔=ル=セック〕 Martinville-le-Sec ...①361
- メゼグリーズ〔=ラ・ヴィヌーズ〕 Méséglise-la-Vineuse ...①296 (①203)
- モンジュヴァン Montjouvain ...①254
- ルーサンヴィル〔=ル=パン〕 Roussainville-le-Pin ...①43
(*) 綴り違いでヴィユヴィック Vieuvicq という地名がイリエ=コンブレーに近在。
コンブレーには実在のイリエの風景が色濃く反映しており、実際に同地に訪れることで小説の世界に浸れたらどんなに楽しいことだろうと思います。一方で、それでもコンブレーは、あくまで小説のためにプルースト自身の記憶や印象、あるいは願望が混じり合う心像によって創り出された想像上の町だと思います。コンブレーをそのまま架空の場所として捉えておくほうが、幻想的な気分や想像の余地があり、読書の愉しみには良いのではないかとも感じます。
(バルベック編につづく)
〔参考〕- Marcel Proust, À la recherche du temps perdu, Gallimard, 1946 in Wikisource
- Marcel Proust, Du côté de chez Swann, «folio», 1988
- マルセル・プルースト『失われた時を求めて』全14巻、吉川一義訳(岩波文庫)... とくに主な架空地名の一覧が載っている第1巻と第4巻、地名索引を含む第14巻。
- フィリップ・ミシェル=チリエ『事典 プルースト博物館』保苅瑞穂監修(筑摩書房)
0 件のコメント:
コメントを投稿