『失われた時を求めて』を読みながら
しかしフォルシュヴィル男爵夫妻は、このように一見間違っているように見えるにもかかわらず、その名前が記されていたのは、たしかに新婦の側であって、カンブルメールの側ではなかった。これはじつはゲルマント家とは関係なく、ジュピアンとの関係ゆえであり、事情に明るい本作の読者はご存じのようにオデットはジュピアンの従姉妹だったからである。第六篇《消え去ったアルベルチーヌ》岩波文庫, p.575
- オデット(スワン夫人)... 元粋筋の女(ココット)。スワンの死後、フォルシュヴィル伯爵と再婚。ジルベルトはスワンとの間にできた娘。
- ジュピアン ... ゲルマント館の中庭のチョッキの仕立屋。シャルリュス氏と関係を持った。その姪は、シャルリュスの世話でオロロン嬢の称号を獲得。
ジュピアンの姪は、シャルリュス男爵の養女オロロン嬢としてカンブルメール家に嫁いだものの、結婚式の数週間後に亡くなってしまう。その死亡通知はシャルリュスとのつながりからゲルマント家にも送られたが、通知にはフォルシュヴィル男爵[正しくは伯爵]夫妻の名も記されていた。これは一見、フォルシュヴィル男爵夫人であるオデットが、娘のジルベルトがサン=ルー侯爵の妻になって、ゲルマント家の遠戚となったためと思われるのだが、実はそうではなくて「オデットはジュピアンの従姉妹だった」、しかも、血の繋がりまである関係 « la cousine germaine » (少なくとも祖父母の一人を同じくする「本いとこ」同士)だったから、だというのである。
「事情に明るい本作の読者はご存じのように」と言っているが、全篇にわたってここで初めて明かされる。本筋にほとんど影響のないようにみえるが、読者からすれば驚愕の事実というか、唐突な話である。この事実は果たしてこの箇所で述べるためだけに設定されたものなのだろうか?
オデットとジュピアンはいわば平民の出自であるが、ブルジョワや貴族と懇意になることで、だいぶ怪しげではあるものの自分たちの意志で社会的地位の上昇を図った者たちと言える。一方、次世代のジルベルトとジュピアンの姪は、前の世代に比べるとたやすく貴族と姻戚関係を持つ(ジュピアンの姪についてはほとんど「棚からぼた餅」か)。このあたりの関係や地位の変化を浮き彫りにするために、作者はオデットとジュピアンとを血縁のいとこ同士としたうえで、物語を遡って何か伏線を加えようとでもしていたのだろうか。
物語が《消え去ったアルベルチーヌ》まで進むと、コンブレーでの散歩道と同様、一見まったく交わりのない「スワン家のほう」と「ゲルマントのほう」との人間関係が、交わらないどころか「はしばみの木にからむ、すいかずらのごとく」(マリー・ド・フランス)絡み合っていく様子が明らかになってくる。プルーストのことだから、こういった小説構造にかかわりのある加筆を企て、結局は行われなかったものの、ひとまず「本いとこ」の設定をここに付してみたのかもしれない。
ちなみに、シャルリュス男爵談によれば、オデットには妹もいるらしい。
〔参考〕
- プルースト『失われた時を求めて 12 消え去ったアルベルチーヌ』吉川一義訳(岩波文庫)
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