初恋の薫りをはこぶサンザシの小径、カトレアに込められた愛の符牒、花咲く乙女たちと薔薇...。『失われた時を求めて』には色とりどりの花が登場する。そして花々には、小説にかかわるさまざまな意味や象徴が込められている。
それにしても、これだけの花がプルーストの世界に咲き誇っているとは! 詞花集には五十近くにものぼる種類の花の水彩画が、プルーストの文章とともに挿まれている(文章は『失われた時を求めて』だけでなく『楽しみと日々』や『ジャン・サントゥイユ』からも採られている)。原題のとおり、まさしく「プルーストの植物図鑑」である。
単に花が多く描写されているだけではなく、花を登場人物の暗喩(メタファー)に活用したり、花(と蜂)の生態をとおして人間の行動を考察するなど、プルーストの植物観察は、小説において重要な役割をになっている。(詳しくは、本書の訳者あとがきを参照。)
プルーストは植物にはこれほどの関心を示し、植物を通してさまざまな思索に耽ったけれども、動物にはあまり興味がなかったらしい。小説で、犬や猫を愛でるといった描写も、なかった気がする。動物アレルギーだったのだろうか。第一篇で、女中のフランソワーズが鶏の首を絞めるところに出くわし、少年時代の語り手がショックを受ける場面はあるけれども。プルーストにとって動物は、あまりに明白で生々しい存在であり、瞑想の対象にはなりえなかったのかもしれない。
ところで、華道には『源氏物語』の挿話を生け花で表現することがあるという。「帚木」「葵」「玉鬘」「夢浮橋」など、何葉もある《帖》の物語を、各場面の文章を添えながら、生け花に意味を込めて飾る。絵解きならぬ、花説きといったところか。何とも風雅な試みである。
マルト・スガン=フォント篇・画『プルーストの花園』
鈴木道彦訳 (集英社)
Marthe Seguin-Fontes, L'Herbier de Marcel Proust , 1995
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