騎士 わたしの変身はあなたのやさしい愛情には向きませんね、いとしい伯爵夫人。(『贋の侍女』第3幕第9景より)
『贋の侍女』と『愛の勝利』は、ボーマルシェと並んで18世紀フランスを代表する劇作家マリヴォー Pierre Carlet de Chamblain de Marivaux, 1688-1763 の戯曲です。いずれの作品もヒロインが男装で登場する「異性装劇」という特色をもっています。「当時の観客は女優の男装に倒錯的エロチシズムを見出して好んだ」そうですが(これはきっと、男性だけでなく同性である女性の側にもある気がする)、この2つの作品では、異性装は観客の関心を誘うための単なる演劇効果だけでなく、作品のプロットそのものを成立させるために不可欠な要素・設定にもなっています。
変装するということは、始まりからして何か計略策謀、騙し、秘密めいた出来事を予感させます。物語のあらすじもよく知らずに読み始めた読者(あるいは観劇の客)には、ヒロインが変装する目的は何なのか、その変装はいつ見破られるのか、変装が見破られるとどうなるのか(真実が明らかになる?)、といった期待が漠然とした形で脳裡に浮かんでいるのではないかと思います。だが、そこは人間の心理解剖を極めたマリヴォーという作家の作品、ありきたりな期待などは次々と裏切られます。物語はまさに、最後まで予断を許しません。
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贋の侍女 または罰を受けたペテン師
ヒロインの「お嬢さま」は、義兄の意向でレリオという貴族の青年と結婚することが決まりかけている。レリオの本心と人柄を探ろうと、ヒロインは騎士に男装してレリオに近づく。ところがレリオのほうは財産目的で、ある伯爵夫人とも婚約しており......(3幕散文喜劇)
愛の勝利
スパルタの王女レオニードは青年フォシオンに、その侍女コリーヌはフォシオンの従僕エルミダスにそれぞれ変装して登場する。前の王クレオメーヌの遺児アジスに近づくため、彼を養育している哲学者エルモクラートの邸までやってきたのである。レオニードがなぜアジスに近づきたいのかというと......(3幕散文喜劇)
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ある映画(*)を観ていたら、高校の授業でマリヴォーの小説『マリアンヌの生涯 La Vie de Marianne 』を読むシーンが出てきました。文学史のなかでしか知らなかったマリヴォーに(『愛と偶然の戯れ』のひと?確か、劇作家だったような?などと思いながら)少し興味が湧き、岩波文庫から出ているこの本を見つけました。これからも少しずつ、マリヴォーの作品に触れていけたらと思います。
(*) 『アデル、ブルーは熱い色』(2013)、主演はアデル・エグザルコプロスとレア・セドゥ。原題は « La Vie d'Adèle »(アデルの人生)。
〔画像〕フランスで2000年に公開された映画『贋の侍女』。イザベル・ユペールが主演(侯爵夫人役)。
〔参考〕
- マリヴォーの部屋 in 咲良舎公演サイト
- (人物事典)マリヴォー in Le Blog Sibaccio
マリヴォー『贋の侍女・愛の勝利』佐藤実枝・井村順一訳(岩波文庫)
Marivaux, La Fausse Suivante ou le fourbe puni, 1724
Marivaux, Le Triomphe de l'amour, 1732
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