ガストン・ガリマールがロジェ・マルタン・デュ・ガールに伝えたという、プルーストからの助言がある。ガリマールが語ったままを文章にして、マルタン・デュ・ガールは『文学的回想』(Souvenirs autobiographiques et litteraires, 1955)の中に書き記している。ガリマールとはフランスの大手出版社 Éditions Gallimard の創業者のこと。
1921年2月、マルタン・デュ・ガールが後の大作『チボー家の人々』制作の上で危機に陥ったとき、ガリマールがクレルモン=フェランにある彼の仕事場に訪れた際、「きみは文体に凝るな」と述べ、プルーストの言葉を伝えたという。
自分(プルースト)は、小説を書き始めたときは、うまく書こうと大いに苦慮した。そしてときにはそれに成功した。確かに今よりはずっとうまく書けた。ところが今は、苦心すればするほどこういうことに気づく、できるだけ真実をつかみとろうという情熱をもとうとすれば、文体にあまりこだわることをあきらめなくてはならないということだ。真実というもの、正確な真実というもの、存在の奥底にあるものは、非常に複雑であり、非常に逃げやすいものであり、非常に到達しにくいものである! ひとたびそうした秘密の地帯におりて、真実を構成するあの無数の小さな要素を明るみに引き出そうとするときは、一つの文章を巧みに整えようとすることなどはもはや問題ではありえない、語はまったく単純率直でなくてはならず、即発的にペンの下から出てこなくてはならない...
これが本当にプルーストの言葉なのか、はたまた友人を勇気づけるためにガリマールがプルーストを「騙った」のかは不明だが、マルタン・デュ・ガールは翌年『チボー家の人々』の第1巻「灰色のノート」を無事上梓している。
引用は、井上究一郎『ガリマールの家』(ちくま文庫 p.29)より。
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