2016/11/05

ミュッセ『二人の愛人』

はたして人間は、二人の異性を、同時に愛することができるのだろうか? きらきら輝いては、たちまち消える火花のようなパルヌ侯爵夫人、時として、凝集された炎のように燃えるドゥロネイ未亡人。二人の年上の愛人の間をゆらめく多感な青年ヴァランタンの心情を、《女性のバイロン》《フランスのハイネ》と謳われた浪漫詩人ミュッセが、豊かな幻想と機知に富んだ作風で綴る珠玉の作品。(文庫裏表紙の書籍案内より)

『二人の愛人』は、最盛期の過ぎたミュッセが生活の糧にやむなく書いた小説であったというが、フランス心理小説の系譜に連なる逸品であると思う。二人の女性の間で揺れる主人公だけでなく、女性たちの心の機微が美しく澄んだ調子で描かれている。詩人の書く物語は、翻訳をとおしても、言葉の芳醇な薫りが漂ってくるよう。

お願いです、どうぞそこをよく考えてくださいな。ひとを騙して喜んでる人は、普通そうしたことにうぬぼれを感じているのです。だまされた人間より自分が一段上の人間のように思い込んでいるのです。しかしそんな優越感などかりそめのものですわ。それに、末はどんなことになるでしょう? 不幸より造作ないものはありませんわ。(p.75)

あなたぐらいの年齢の人は、ただ一時しのぎに自分の好きな人を騙すことがあります。しかし、時がたつと、本当がわかってきます。するとあとには何が残ると思いです? だまされた女は、気の毒にも、自分は愛されている、幸福な女だと思い込んでいたのです、相手を自分の唯一の宝としていたのです。それがどうでしょう、相手を憎まねばならないとなると、はたしてどんなことになるでしょう? (p.75)

そのままにしておけばおそらくははかなく消えてゆくつかのまの感情を、紙の上に書き留めておきたいというこうした誘惑に負ける瞬間、人間の心がいかに波立ち騒ぐものか、どなたでもよくご存知でしょう。奥さま、わたしは愛していますと言ってのけることは、心地よいことであり、また危険なことであります。(p.36)

なぜ選択しなければならないのだろう? どうして一人だけを愛さねばならないのだ? (p.83)


〔画像〕マリー・ローランサン『羽根飾りをつけた女』


アルフレッド・ド・ミュッセ『二人の愛人』新庄嘉章訳(新潮文庫)
Alfred de Musset, Les deux maîtresses, 1840

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