2016/11/19

澁澤龍彦『サド侯爵の生涯』

サドをめぐる学生の会話

 登場人物
  ミチヲ ...... サークルの先輩(男性)
  サキコ ...... サークルの後輩(女性)

大学図書館の中。サークルの先輩と後輩が階段の踊り場でばったり会う。

ミチヲ おぅ、試験勉強してたの?
サキコ いいえ、本借りようと思って。
ミチヲ ふーん...... (後輩の手許を見やって) さ、サド選集?!
サキコ そう、サド。『ソドム百二十日』。先輩好きでしょ、こうゆうの。
ミチヲ 「好きでしょこうゆうの」って、読んだことないよ、サドなんて!
サキコ えええ、面白いのにー。先輩、仏文科じゃないですか。読みましょうよ、サド。
ミチヲ サドねぇ...... そういえばサドの講義があったけど、取らなかったなぁ。
サキコ うわぁ、もったいない! いいなー、仏文。
ミチヲ 確か、青山の先生だったかな。サド研究では有名らしいよ。
サキコ へー。うちの大学にもいますよね、サドの教授。
ミチヲ うん、サド評論の翻訳を出すらしいって聞いたな。
サキコ いいですよねぇ、趣味と実益を兼ねてるなんて。
ミチヲ しゅ、趣味と実益?! それって、先生たちがサディストだって言ってる?
サキコ そうですよ、ぜったい! 趣味が自分の研究テーマで、それをお仕事にしてるんですって。
ミチヲ そういうものかなぁ。......それにしても、可愛い顔してサドを読むなんて、めずらしいというか何というか......
サキコ うふふ......
ミチヲ (サキコの微笑みにたじろぎつつ)さ、サドって、相当エグいんでしょ?
サキコ エグいどころじゃないですって。もう、すごいんだから! 一度読んでみてくださいよ、先輩も!
ミチヲ あっ、うん、試験終わったらね...

後日、サークルの部室で。

サキコ あ、先輩♪ あれからサド、読みました?
ミチヲ え、あぁ......、ちょっと読んでみたよ、短篇だけど......
サキコ 『恋の罪』ですか? どうでしたどうでした?
ミチヲ いや、何を読んだのかは忘れたけどさ...... 小説を読んでるうちにさ...... 体の中のあらゆるものが噴き出てきそうに感じたの、初めてだったよ......(読んだ時のことを思い出して、ふたたび吐き気を感じる)
サキコ でしょー! サドってすごいこと書きますよね!
ミチヲ (サキコの嬉々とした表情を眺めながら)......きっと、きみとはつき合えないだろうな......
サキコ もう、先輩ったら♪(バシッ![ミチヲの背中を思い切りたたく])
  
***

二人の名前とかシチュエーションとか会話の詳細には創作が入っているけれども、おおよそは実体験にもとづく。サキコにあたる女性が目を爛々とさせてサドを読んだ感想を語ってくれて、読んでみるようすすめてくれたこと、そこで、何かの断片を半日ほど読んでみて、ミチヲのように「体の中のあらゆるものが噴き出てきそうになった」のは本当。「趣味と実益」発言も然り。本書を読んでいるうちにそんなことが思い出されて、読書の感想よりも学生時代の想い出のほうが面白くなってしまった。

澁澤龍彦『サド侯爵の生涯』(中公文庫)

0 件のコメント: