十年ほど前。古本屋にふらりと立ち寄って、かなり年季の入った文庫がずらりと並ぶ書棚を眺めていたら、ふと何か見覚えのあるものが目に入った。オリエンタリズムの画家フロマンタンの名が岩波文庫の背表紙に記されていた。どんな小説なのか少し興味が涌いて手に取ってみたものの、そのときはそれでお仕舞いだった。
つい先日、その『ドミニック』に、別の出版社からも翻訳が出ているのを知った。古本屋での記憶が蘇ったと同時に、ジュリアン・グラックの小説を訳した人の名に興味が涌いた。今度は実際に購って読むことにした。
作者自身の自然愛が直に伝わるような情景描写はもちろん、主人公を始めとする登場人物たちの恋愛をめぐる内面の揺れ動きが丁寧に、それでいて秘めた情熱が見え隠れして、とても魅力的であった。なるほどフランス伝統の心理小説、あるいは内面の成長を描くいわゆる教養小説(自己形成小説)にも数えられる作品であると思う。
もっと早くに読めば良かったのにと省みる一方で、この訳者だったからこそ、詩人の選んだ言葉だったからこそ楽しめたのかもしれない、などと勝手に感得している。
ウジェーヌ・フロマンタン『ドミニック』安藤元雄訳(中公文庫)
Eugène Fromentin, Dominique, 1863
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