2017/01/14

ラディゲ『肉体の悪魔』

僕は不安のあまり、僕たちの恋愛を例外的な恋愛のように考えていた。恋愛も詩と同じで、恋する者は、どんなに平凡な人間でも、自分たちこそ新機軸を出しているように思い込むものだが、われわれはそういうことを知らずに、こんな悩みを感じているのは自分たちがはじめてだと信じ込んでしまう。(p.67)

『肉体の悪魔』や『ドルジェル伯の舞踏会』が二十歳前の作家によって書かれたという事実に、サキコはさしたる感動を覚えなかった。芸術作品というものは、自分から遠く隔たった世界から、一握りの天才の下に啓示のごとくもたらされるのだと考えていた。作家が書き上げた頃と同じ年齢に読んだからといって、何も心にひっかかりはしなかった。

だが、もしそのとき自分も小説を書きたいなどという欲望を抱いていたら、そのとき感じられたことは180度違っていたのかもしれない。芸術は天恵であるという考え自体はひるがえされなかっただろう。しかし、その創造に少しでも加担してみたいと心を向けた瞬間、ついさっきまで同じものを見ていたはずなのに、目には別のものが映るのではなかろうか。

それにしても、今でも不思議に思われるのは、『肉体の悪魔』を読み了えたサキコは何故、当時付き合っていた恋人に読むようにすすめたのだろう。それもかなり強引に。相手に何を求めていたのだろう。結果として与ったのは、ただ小さな失望だけだった。思い出せぬ、今さら大したことでもなかったであろう、自分の意図を...

〔画像〕映画『肉体の悪魔』主演のジェラール・フィリップ 

レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』
新庄嘉章訳 (新潮文庫)
Raymond Radiguet, Le diable au corps (1923)

0 件のコメント: