2017/07/08

ヴァントゥイユの七重奏曲 (2)

「七重奏曲」がどのような楽器で編成されているのかにも注目してみたい。実は、小説のなかでほぼすべての楽器の名前が登場する。
小さな壇のうえにモレルとピアニストだけでなく、ほかの楽器の奏者たちも並ぶのを見て、私は最初にヴァントゥイユ以外の作曲家のものを演奏するのだと思った。ヴァントゥイユの曲としてはピアノヴァイオリンのソナタしか残されていないと想いこんでいたからである。(p.134)

チェロ奏者は、顔を傾け、両膝のあいだに挟んだ楽器を意のままに操っているが、目鼻立ちが下卑ているせいか、気取ると意識せずともその顔に嫌悪の表情が浮かぶ。(p.141)

そばには短いスカートをはいた、いまだあどけない少女のハープ奏者がいて、その四方八方には巫女(シビュラ)の魔法の部屋で定められた形式に則って天空を恣意的にあわらす四辺形とそっくりの、金色の四辺形に張りめぐらされた水平な光線がはみ出して見える。(p.141)

(…) さらに金管楽器の衝突からおのずと崇高なものが生まれると恍惚となって、火花に触れたように身震いするに至り、かくしておのが音楽の大壁画を描きながら息を切らし、陶酔し、狂喜し、目まいに襲われているさまは、(…) (p.147)

夢幻劇によくあるように、その名前が口にされただけで、金管楽器からは音ひとつしなくなり、フルートオーボエもいきなり声が出なくなったことでしょう。(p.196)
(引用は、吉川一義訳『囚われの女 II』岩波文庫)

始めにヴァイオリンとピアノ、続いてチェロとハープの各奏者が登場する。途中、金管楽器にかかる叙述があり、最後にある登場人物の台詞でフルートとオーボエが言及される。七つよりもっと多くの数の楽器を想定していたのかもしれない。いずれにしても、ピアノとハープが並置されながら弦四部ないしは五部を伴わない、かなり風変わりな楽器編成である。

さて、プルーストが身近で聴いたかもしれない実在の七重奏曲には、どんなものがあるだろうか。筆頭はやはりベートーヴェンの作品20だろうか。後年プルーストが嫌っていたサン=サーンスにもトランペットを伴う七重奏曲があるし、ラヴェルが三十歳の頃に書いた「序奏とアレグロ」も七重奏で演奏される。

  • モーツァルト:ディヴェルティメント第11番  Divertimento Nr. 11 D-Dur KV 251 (通称「ナンネル・セプテット Nannerl-Septett 」)... ヴァイオリン2、ヴィオラ、コントラバス、オーボエ、ホルン2
  • ベートーヴェン:七重奏曲 Septett in Es-Dur, op. 20 (1802) … クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
  • サン=サーンス:七重奏曲 Septuor en mi bémol majeur, op.65 (1880) … トランペット、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ
  • ラヴェル:序奏とアレグロ Introduction et allegro (1907) … ハープ、フルート、クラリネット、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ

ヴァントゥイユの七重奏曲を創作するにあたり、原稿のある箇所では「10の楽器」と書いたりしているように、プルーストはどのような楽器編成で、どのような音色を響かせるのかにはあまり重きは置いていなかったと思われる。「七重奏曲の描写では、楽器の音色それ自体はさして問題にされない(*)」。 また、先に上げたような、実在する七重奏曲が生成過程に何か影響を及ぼした痕跡もとくにないようだ。それだけになおさら読者には、自身が聞いたことのある楽曲を介すなどして、小説を読みながらヴァントゥイユの七重奏曲にめいめい独自の楽器編成による、独自の音楽を心に響かせることが許されているのではないかと思う。
(*) 吉川一義訳『囚われの女 II』岩波文庫の訳者あとがきより。

〔画像〕hr交響楽団(hr-Sinfonieorchester)の八重奏メンバー in Septett versus Oktett in Wettenberg-Wißmar
〔参考〕
  • マルセル・プルースト『失われた時を求めて11 囚われの女 II』吉川一義訳(岩波文庫)
  • 斉木眞一『一九一三年のプルーストと音楽』in 「思想」2013年11月号「時代の中のプルースト」(岩波書店)
  • 真屋和子『プルーストとベートーヴェン』in 「藝文研究」2011年12月号(慶應義塾大学藝文学会)in 慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)
  • 原潮巳『ヴァントゥイユの音楽の鍵』 in 「ユリイカ」2001年4月号「特集プルースト」(青土社)
  • 原潮巳『プルーストと音楽 ─ヴァントゥイユの音楽における演奏者の地位』(1988) in CiNii 論文 

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