奇妙なのはむしろ、メグレ警視のほうかもしれない。
メグレは、殺人現場となった家を盛んに出入りしている。入り浸っていると言ってもよい。そこには被害者と住んでいた女中のフェリシーがいる。警視は、はじめからフェリシーを容疑者とはみていない。それにもかかかわらず、何かに付けてこの家にやってきて、フェリシーと会話をしたり(たいてい相手は反抗的なのだが)、家中を探ったりする。しかも、勝手に酒樽を開けてワインを飲んだりと、我が家のように寛いでいる様子さえみられる。もちろん彼は捜査のために、事件を解決するために、この家に執着しているのだが、どうもそれだけではないらしく、メグレ自身もそれを認めている。
「警視は何故、あの家に入り浸っているのか?...」気心の知れた部下たちなら誰もそんなことは問わないが、もし誰かがうっかりその質問を発したら、メグレは、あるいはほかの誰かが代わりに、ぼそりとこう答えてくれるかもしれない、「なぜなら、そこにフェリシーがいるからだ...」 « Parce que, Félicie, elle est là... »
〔画像〕オランダ語版の表紙(ディック・ブルーナによる装丁)
ジョルジュ・シムノン『メグレと奇妙な女中の謎』
長島良三訳(光文社「EQ」1986年5月号)
Georges Simenon, Félicie est là, 1944
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