2019/06/08

シムノン『死の脅迫状』

『死の脅迫状』は、いわば「忘れられたメグレ」。1942年に週刊誌の連載で発表されたものの、その後刊本化されることがなく、作者死後の1992年にようやく出版された作品(*)。河出書房新社が昭和50年代に出したメグレ警視シリーズの著者紹介文に、「メグレが登場するミステリーは1930年から1972年まで、102篇を数える」とあるのは、誤りではなく、刊行当時に『死の脅迫状』の存在が知られておらず、これが数えられていなかったからであろう。

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古狸の詐欺師へ
今度こそ、お前はもう長くはない。クードレーに行こうが行くまいが、たとえ共和国衛兵隊を引き連れていようが、お前は日曜日の午後6時を前に死ぬだろう。これで、誰にとっても、厄介払いというものだ。(拙訳)

匿名の脅迫状を受け取った富豪のエミール・グロボワが、政治家の口利きで司法警察の局長のところに相談にやってくる。そして、管轄外であるにもかかわらず、メグレはパリを離れてグロボワの別荘があるル・クードレー=モンソーまでやってきて、しぶしぶ警護にあたることになる。

Crédit photo : Menaces de mort  Loustal
@www.loustal.nl

物語の前半では、双子の兄弟で何だか怪しげな言動がみられるオスカルが登場したり、一見卑屈な小男に見えるエミールが家庭内では陰湿な暴君のように振る舞っている様子など、グロボワ家の人々と彼らの性格や人間関係が様々に示される。そして後半は、脅迫状に書かれていた日曜日の午後が時間区切りに描かれる。初夏のこの時期、別荘の近くを流れるセーヌ河の畔では、人々が舟遊びや水浴に興じている。「そんな楽しい時間はおそろしく早くすぎるものだ」。

一方でグロボワ家の人々は、午後6時まで、別荘のテラスに家族全員が留まるよう、エミールに命令される。それは「夜、しっかりと閉まっていない蛇口から水がいつまでもポタポタと落ちるのが聞こえてくるときのように仮借なく引き延ばされた」長い時間である。対比は、グロボワ家のなかにもある。たとえば、麻薬中毒でテラスに縛り付けられていることが耐えられず、顔面蒼白なアンリ(エミールの甥)がいるかと思えば、姪のエリアーヌは我関せずとばかり、若く美しい肉体を臆面もなくさらけ出して日光浴を決め込んでいる。そしてメグレは、その様子を眺めているだけでほとんど何もしない。

シリーズの十指に数えられることはないにせよ、シムノン得意の心理戦が堪能できるだけでなく、物騒なタイトルに反して、メグレの人生哲学、あるいは幸福論の一端が垣間見える面白い中篇だと思う。

(*) ほかの作品とは異なり、なぜ週刊誌に連載後すぐに刊本化されなかったのか? そのあたりの事情は不明のようだ。当時フランスはナチス・ドイツの占領下にあったが、1942年に『死の脅迫状』を掲載した週刊誌 « Révolution nationale » は、ヴィシー政府(1940〜1944)の機関誌だった。戦中戦後の混乱のなかで刊本化のタイミングを逸し、その後単に忘れられてしまったのか。あるいは、掲載されたのがいわゆる対独協力政権の週刊誌だった事情が、何かしらの影響を及ぼしたのか...... 現在は中短篇集『メグレの新たな事件簿』に所収。邦訳のほうは1998年に雑誌に掲載された(単行本には未収録)。


〔参考〕


ジョルジュ・シムノン『死の脅迫状』長島良三訳
(光文社「EQ」1998年11月号)
Georges Simenon, Menaces de mort, Gallimard, 1942


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