2020/05/16

サロート『プラネタリウム』

彼の頭上では空がまわり、星々が動いている、彼は惑星が移動してゆくのを眺める、めまい、苦悶、恐怖感に彼は捕らえられる、すべてが一挙に傾き、ひっくりかえる……
ドアの修繕で取り付けられた把手に始まり、安楽椅子にすべきか肘掛椅子にすべきか、伯母の住む広いアパルトマンと住まいを交換できるかどうか、最近知遇を得た作家に気に入られるために……この小説では、登場人物の内面あるいは会話のなかでこれらの外面的な出来事が浮かび上がる。
内面の動きが叙述される登場人物は次のとおり。主軸はアランとベルト、メーヌあたり。
  • アラン・ギミエ Alain Guimier :小説家志望の青年、27歳。 
  • ジゼール Gisèle :アランの妻
  • アランの伯母 (ベルト Tante Berthe)
  • アランの父(ピエール Pierre)
  • ジゼールの母
  • ジゼールの父(ロベール Robert)
  • ジェルメーヌ・ルメール Germaine Lemaire :作家。呼び名はメーヌ Maine。
  • ルネ・モンタレー René Montalais :ジェルメーヌの家を出入りする青年。
  • アドリアン・ルバ Adrien Lebat :作家とおぼしき人物。

普通の小説であれば、このような筋立てだとか登場人物などは重要な構成要素となる。『プラネタリウム』ではどうであろうか。作者のサロートは「形成されつつある、いわば発生状態の心理的な動き」こそが最大の関心事であって、筋立てや登場人物といったものは、関心事を実現しコントロールするための枠組みでありまた場所でしかないと言う。その意向に素直に従えば、作家が作品のなかで開示しようとするものに、果たして読者は労せずして立ち会えるのだろうか?……

なぜこのような題名が付けられているのか。小説の中では、星にかかわる叙述が数箇所みられるものの、とくに説明はされていない。……読者が常に誰かの内面の海に飛び込むことで、あらゆる出来事が発生する……今目の前で起こっている(らしい)こと、それに対する人物の発話、独白、その心理状態や感情が立ちのぼってくる様子……ときおり、現前なのか願望なのか、あるいは回想なのかも曖昧になりつつ……一時的にその人物が中心点となって、つまりプラネタリウムのなかで宇宙や星が回転するのを見るように、あらゆる出来事が繰り広げられる……読者はいくつかのプラネタリウムを何度も行ったり来たりする……このように解釈すると、「プラネタリウム」は複数形とするほうが良いかもしれない。

***

以下、小説からの抜粋。

身体というものはけっしてまちがえることがないものである。身体は、意識よりもまずさきに、数多くの微小な、とらえようもない散乱した印象を仮借なき残酷さでもって記録し、拡大し、集結し、そして外に現しだすのである──

なにかが忍び込んできては、消えてゆく……彼はそれが正確になんであるのか知らないし、それをはっきり名付けようとしたこともなかった、彼はそうしたいと思わないし、そんなことはすべきではない。

もっとも愛しているひとびとにたいしては、ついついご無沙汰しがちなものだし、そのひとびとが現存していることを知ってさえいれば十分だと思いがちなものだし、そのひとびとのことはすっかり安心しきっているものなのだ……

すべては死んでいる。死んでいる。死んでいる。死に果てた星。彼女はひとりぼっちだ。なんの救いもない。誰の救いもない。恐怖に取り巻かれた孤独のなかへと、彼女は踏み込んでゆく。彼女はひとりぼっちだ。消え果てた星の上で、ひとりぼっち。人生はどこかよそにあるのだ。

みんな他人が自分の思う通りにならなければいけないと思っているのね。おかしなひとたちね……

まるで浜辺の砂の上に寝そべって、顔じゅう泥だらけになり、髪の毛にいっぱい藻や海藻をからませ、大海原の香りを気持ちよく吸い込みながら、波のまにまに静かに押しやられ、移動してゆくときに味わうみたいな感じ……

彼ら二人はふたたびまた彼らだけの場所に、以前と同じようにあの見馴れた星々のきらめく、永遠の不動の空のもとに戻ることだろう。

〔参考〕

サロート『プラネタリウム』菅野昭正訳(新潮社)
Nathalie Sarraute, Le Planétarium, 1959

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