芸術の創造は先に生まれた者のなしうることで、
われわれは寓話を古代ギリシャからうけている。
しかしこの畠はいくら刈り取っても、
あとから来た者には拾う落穂もないということにはならない。
創作は処女地がたくさんある国土のようなもの。
日ごとにわれらの作家たちはそこに新しいものを見つけている。
巻の三 1「粉ひきとその息子とロバ」より
ラ・フォンテーヌは詩人 poète のイメージが強かったのだけれど、『寓話』を改めて読むと、彼もまたラ・ロシュフコーやラ・ブリュイエールに勝るとも劣らない、時代を代表するモラリスト moraliste の一人であったにちがいない。そして、上掲のような詩句に出くわすと、多くのモラリストたちと同様に、優れた芸術家 artiste でもあったと感じる。
ラ・フォンテーヌは決して、イソップ(アイソーポス、フランス語風だとエゾップ)の剽窃者ではない。確かにイソップ寓話に多くを負うているけれども、定型詩のなかにこれほど見事に物語を織り込みながら独自の価値観をも盛り込むのは、常人の成せる技ではない。もし私たちがフランス語話者であれば、そこから素晴らしい音楽も耳にできるかもしれない。
詩と哲学を重んじるフランスでは、小学校の授業に必ず『寓話』を習う。通りがかりのフランス人をつかまえれば、ランボーの詩などは分らずとも、ラ・フォンテーヌの詩ならば一つや二つは暗誦できる、逆に暗誦できなければその人はフランス人(フランスで教育を受けた者)ではない... などと大学時代のフランス人教師は語っていた(全く、教師という生き物は......)。
詩と哲学を重んじるフランスでは、小学校の授業に必ず『寓話』を習う。通りがかりのフランス人をつかまえれば、ランボーの詩などは分らずとも、ラ・フォンテーヌの詩ならば一つや二つは暗誦できる、逆に暗誦できなければその人はフランス人(フランスで教育を受けた者)ではない... などと大学時代のフランス人教師は語っていた(全く、教師という生き物は......)。
『寓話』を子どもだけに預けるのはもったいない。大人もときおり紐解くと良いのではないかと思う。
モラリストについて
「モラリスト」moraliste というのはフランス文学だけに用いられる用語で、現代を代表する『プチ・ロベールフランス語辞典』では「ムルス mœurs や人間の性質、有り様について考察する作家」という定義を与え、代表例として16世紀のモンテーニュ、17世紀のパスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエール、18世紀のヴォーヴナルグ等を挙げている。
「モラリスト」moraliste というのはフランス文学だけに用いられる用語で、現代を代表する『プチ・ロベールフランス語辞典』では「ムルス mœurs や人間の性質、有り様について考察する作家」という定義を与え、代表例として16世紀のモンテーニュ、17世紀のパスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエール、18世紀のヴォーヴナルグ等を挙げている。
この場合のムルスとは、ある社会の全体的な風俗・慣習を表すと同時に、個人のレベルにおける生活習慣、特に善悪の実践という観点から見た習慣をさす語である。なお、ムルスという語の語源はモラル(道徳)morale と同じであり、モラリストはモラルの派生語である。彼らは一般に詩とか小説の形式によらず、随想、箴言、格言、省察、肖像(性格)描写などの形式を採用して、実際的な生活の場における人間行動を観察し、その動機の分析等を通じて人間精神のあり方を探究する。以上に述べたのは狭義のモラリストについてであるが、今日ではさらに拡大解釈され、フランス文学の中で、特に人間研究や心理分析に強い関心を示した批評家や小説家にまでもこの語が適用されることがある。
『はじめて学ぶフランス文学史』(ミネルヴァ書房)より
〔画像〕巻の三 3「羊飼いになったオオカミ」 Wikisource
〔蛇足〕岩波文庫であれば、全篇を読むことができる。窪田般彌訳『ラ・フォンテーヌの寓話』(沖積舎)は86篇を抜粋したものだが、ギュスターブ・ドレの秀逸な挿画とともに楽しめる(ちなみにドレは、ペロー童話はもちろんだが、聖書への挿画もすばらしい。山室静著『ドレ画 聖書物語』など)。
〔参考〕(人物事典)ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ in Le Blog Sibaccio
〔参考〕(人物事典)ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ in Le Blog Sibaccio
ジャン・ラ・フォンテーヌ『寓話』(上/下) 今野一雄訳(岩波文庫)
Jean de La Fontaine, Fables choisies mises en vers, 1668, 1678, 1694
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