一冊の書物の評価をめぐる数人の男女の意識下のドラマ──内面に深い空白を抱き、他者へのコミュニケーションを絶たれた現代人の絶望的な魂の状況を、一切の性格、意志、感情の描写を排し、視線、動作、言葉のみによって表現している。小説の革新をめざすサロートの小説美学が一段と深化した作品である。(本書紹介より)
──《それで、『黄金の果実』を、面白いとお思いでした?》(本書より、p.22)
「一冊の書物」というのはまさに、本書と同じ名前で、ブレイエなる人物が書いた『黄金の果実』という小説のことです。筋書きは上掲の文のとおり複数の人物が、ときおり名前が出ることもあれば、誰の発言か内心なのかもわからないまま、この本について語ったりその様子が描写され続ける、というだけのものです。
どういう顛末になるのかを求めるよりは、たかが一冊のベストセラーをめぐって、感電したり、催眠状態にかかったり、狂人として連行されたりするさまを楽しむ小説、かもしれません...... もちろん、そういった出来事が本当に起こるわけではなく、たいていはスノッブな人びと(*)の反応や様子あるいは心持ちが、サロートならではの暗喩表現であえて誇張して書かれているのです。似たような現象は今日のSNSでもみられるかもしれません。
(*) 本書に限らず、サロートの小説に出てくる人物(正しくは言及される人物か?)には、虚栄心の強いスノッブが多いようです。暗喩の手法はもちろん、スノビスムもサロート小説を読む解くうえで、大事な鍵の一つかもしれません。
〔参考〕高橋 暖「ナタリー・サロートにおけるスノビスムについて」
番号は付されていませんが、本書は14の「章」で構成を分けることができそうです。このうち4つ目の章が最も長く、読むうえでもいちばんの難所でしたが、ここを読み終えると、小説の折り返し地点が見えてきます。
『黄金の果実』の仮の章立て
- 第1章 p.3 〜
- 第2章 p.20 〜
- 第3章 p.34 〜
- 第4章 p.39 〜
- 第5章 p.95 〜
- 第6章 p.99 〜
- 第7章 p.105 〜
- 第8章 p.112 〜
- 第9章 p.132 〜
- 第10章 p.142 〜
- 第11章 p.148 〜
- 第12章 p.162 〜
- 第13章 p.178 〜
- 第14章 p.187 〜
ページ番号は邦訳にもとづく。
***
以下、続けて読むと小説の筋書きがかいま見えるような文章(もっぱら会話の箇所)をいくつか抜き出してみました。この小説を読んでみようと思いいたった奇特な方(!)のアリアドネの糸になれたら幸いです。
《スタンダール以来......バンジャマン・コンスタン以来書かれた最も美しい......》p.38
《『黄金の果実』っていうのはね、あんた......ここにいらっしゃる先生も、ぼくと同意見と思うんだけど、なぜ芸術作品かって言うと? まず第一に真実だからさ。あのなかでは、すべてがおどろくべき的確なんだ。人生そのもの以上に現実的なんだ。組織されている。秩序がある。巧みに構成されている。すばらしい均衡を保っている......》p.51
《『黄金の果実』というのは、この十五年来書かれた最良の作品だ》p.66
《でもあたしは、『黄金の果実』は好きになれないわ。あたしは、どうしようもない本だと思うわ。朦朧としてるわ、難解だわ。(...) あるいは天才の作品かも知れないけど、それにしたって......あたしはとにかく、誰かに、本を片手に、そのことを証明してもらいたいわ》pp.71-72
《はっはっは、まだやってますな......相変わらず『黄金の果実』の議論ですか?》p.93
『黄金の果実』以前の人間と、以後の人間がいる。
そしてわれわれは以後の人間なんだ。永遠に刻印されたんだ。『黄金の果実』の世代。いつまでたっても、われわれはそれなんだ。p.109
極限が到達された。いずれにしろ、この方向では、道はもう行き詰りだ。p.109
── なんでも、猫も杓子も『黄金の果実』に熱をあげているらしいが...... (...) あんなのは全然なんの価値もありゃしないと思うよ......全くなんの価値もね、え? ゼロさ。違うかね? 賛成じゃないかね?p.112
── みんながどう答えるか御存知ですか? こう言うでしょうね。しかしいいですか、その凡庸な面、あなたのおっしゃるその陳腐な面こそ、まさしくブレイエが意図したもの、彼がわざとつくり出したものということが、どうしてわからないんですか、とね。p.115
《彼が今まで書いて来たものは、みんなこれと同じさ......彼は狂人のような大声を立てて笑う......陳腐、陳腐、陳腐さ、ハッハッハ.....わざとだなんて......こいつはいい、ハッハッハ......わざとね、わざとね......》p.120
《『黄金の果実』はどこをとってもすばらしいですよ......どんな個所でもね......》
だが、いったい何が起ったのだろう? (...) 駄目だ、これじゃない、ここも駄目だ......この辺かな......だがこの辺も駄目......いったい彼はどうしたのか? p.136
《何故かって? 好みが変わるのさ。ある時期にはある一定の需要が存在する。それからやがて、もっと違ったものを要求するようになるんだ。他の場合と同様この場合も、人びとが流行に従うのをどうやって防ごうっていうんだい?》 p.146
《あの本が残るだろうか? それを知りようがあろうか?......それに、ここだけの話だけど、どっちだっていいじゃないか?》p.147
今でもまだ、『黄金の果実』に感心する連中は、馬鹿なのだ...... p.164
《ところで『黄金の果実』はどうです?》と鎌をかけて見ても駄目なんです、せいぜい誰かの視線が、ちらっと私の上を滑り過ぎて、そっぽを向くくらいでしてね。それどころか大抵の場合は、彼らの耳にさえ入りはしない...... p.187
《まだあんなものにかかずらっているんですか......『黄金の果実』なんかに?》p.196
サロート『黄金の果実』平岡篤頼訳(新潮社)
Nathalie Sarraute, Les Fruits d'or, 1963
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