シムノンの自伝的小説。後に妻となるデニーズとの熱愛をモチーフにしている。原題が『マンハッタンの三つの部屋(寝室)』とあるように、ニューヨークの安ホテルの一室、男の部屋、そして女の部屋をめぐって物語が展開する。舞台としては深夜のダイナーやバーも欠かせない。
男の心理を中心に叙述している点ではいつものシムノン小説なのだが、あえて彫琢を施していないというか、ほかの「運命の小説」に比べると少し趣きが異なる印象。訳者もあとがきで「シムノンはいつもは、小説の構想に数年をかけるのに、デニーズとの経験をほとんど生の形で小説のなかに書き加えている」と述べている。そのせいなのかは分からないが、マンハッタンの、まだ高級化される以前のグリニッジ・ビレッジが、鮮やかに素描されている。街角、そして主人公たちの姿は、エドワード・ホッパー Edward Hopper, 1882-1967 の『夜ふかしする人々 Nighthawks』を想起させる。
シムノンは、人生で二度と味わえないかもしれないこのときの情熱が冷めぬうちに、この瞬間は冷めてしまってからではもう決して書き出せないと考え、荒削りを承知でこの小説を急ピッチで仕上げたのかもしれない、とぼんやり。
〔参考〕
- シムノンの「運命の小説」一覧
- (人物事典)ジョルジュ・シムノン in Le Blog Sibaccio
シムノン『マンハッタンの哀愁』長島良三訳(河出書房新社)
Georges Simenon, Trois chambres à Manhattan, 1946
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