2022/09/03

シムノン『死んだギャレ氏』(ガレ氏、死す)

エミール・ガレ、外交販売員、セーヌ=エ=マルヌ県サン=ファルジョー在住の者、25日もしくは26日にサンセールのロワール川ホテルにて殺害される。不審な点多し。死体の身元確認のため遺族に知らせる旨願う。パリより捜査官を派遣されたし。

今年(2022年)の東京は、7月に入る一週間くらい前から連日猛暑が続いた。物語の中でも、6月末のパリはバカンスの季節を目前に、息苦しくなるほどの暑さに見舞われている。上司たちはそれぞれの事情で不在にしており、警視連中でもっとも古株のメグレが、司法警察局を切り盛りしている。しかも、休暇組の第一陣がすでにバカンスに向けて出発しているから、最低限の人員で回さなければならない──汗を垂らしつつ気が狂いそうになっているメグレの姿が思い浮かぶ──。そんな中、冒頭に掲げた電報がヌヴェールからパリに宛てて送られてきた。派遣できる刑事もおらず──何よりもきっと、強く関心を抱いたのだろう──、メグレ自らが捜査に出張ることになる......

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メグレ警視シリーズでは、作品のタイトルに被害者を示す言葉を添えていることが多い。「死んだ若い女性」「不精な泥棒」「浮浪者」「ベンチの男」「ワイン商」「ひとりぼっちの男」はみな被害者のことだし、『メグレと死んだセシール(セシルは死んだ)』 などはガレ氏と同じくその名前が掲げられている。こういう形で小説に名前が付けられるのはこのシリーズの特徴の一つであり、ほかではあまり見かけないのではないかと思う(*)。いずれにしても、殺人事件を捜査するにあたって、誰が殺したのか・どうして殺されたのかを解明するためには、何よりも被害者が生前どのような人物だったのか、それを知ること・感得することを何よりも大事にするメグレの態度がうかがわれる。

(*) シリーズ全作品の題名は「メグレ警視シリーズ完読計画」参照。

シリーズ最初期の本作は、メグレの人物像はまだ未知数であるものの、事件をきっかけにある人物(とくに被害者、死んだ人物)が何者だったのか、誰も知らなかったその人物の真の人生を明るみにするという、シムノン小説全体に通貫するテーマが全面的に展開される。通常のミステリではあれば、犯人は誰なのか、どうして殺したのかといったことに関心が向くが、シムノンにとってそういったことはすでに二義的な問題のようだ。ガレ氏とは一体誰なのか?

〔画像〕オランダ語版の表紙(ディック・ブルーナによる装丁)

〔余談〕

事件現場のサンセール付近を地図で調べてみると、メグレが降り立った駅やロワール川に架かる橋だけでなく、小説で描写される辺りには同名のホテルも実在する。(Google Maps)

〔同じ作家の作品〕


ジョルジュ・シムノン『死んだギャレ氏』宗左近訳(創元推理文庫)
Georges Simenon, Monsieur Gallet, décédé, 1931

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