2022/12/10

吉川一義『絵画で読む『失われた時を求めて』』

『失われた時を求めて』における絵画の展開は、プルースト自身の「生来の偶像崇拝と模倣の悪癖」の提示にはじまり、それを「清算」する「隠された画」の制作過程をへて、独自の文学画面にいたる受容と創造の物語とも解釈できるのである。(p.181)

著者は、岩波文庫版『失われた時を求めて』(全14巻)の翻訳者でもあります。岩波文庫版では全篇にわたってたくさんの図版に溢れており(番号付きのものだけで454点)、プルーストと絵画を専門とする訳者ならではの構成です。出版の事情なのか、図版のすべてがモノクロで掲載されているところが唯一残念なところかもしれません(贅沢きわまりない物言いですが)。

一方、本書ではコンパクトに69点を収載していますが、そのすべてがカラー図版です。うち数点は本書のみであるものの、そのほかは岩波文庫版でも収められた作品です。本書を通して、プルーストもその眼に焼き付けたであろう絵画の色彩を楽しむことができます。カルパッチョ、レンブラント、フェルメール、モロー、印象派の画家たち(マネ、モネ、ルノワール)...... 

とはいえ、『失われた時を求めて』において、絵画は物語にただ彩りを添えるだけのものではなく、この大長篇の小説を読み解くうえでの秘鍵になり得る ──本書を読む醍醐味はその鍵を探すことにあるのではないかと思います。小説では恋愛を始めとする人間認識、芸術論、時間をめぐる思索など、多岐にわたるテーマが絵画とからめて展開されるほか、絵画が(プルーストの美術受容が)、さまざまな回想や考察を喚び起こしている箇所も随所にみられます。そして、冒頭に掲げた引用にもあるように、小説のなかに作家自身の制作過程(「受容と創造の物語」)が見出だせることは、プルーストと絵画のつながりを長年のあいだ丹念に考察してきた著者だからこそ見極めることのできた卓見ではないかと思います。

〔参考〕

***

以下は、本書の図版と、岩波文庫版『失われた時を求めて』の各巻で掲載されている箇所(頁数)とを照合したものです。丸数字は巻数を表します。①120 は第1巻の120ページ、といった具合です。

第1章
  • 図1 (p.5) ... ②366
  • 図2 (pp.8-9) ...②96
  • 図3 (p.10) ... ②96
  • 図4 (p.12) ... ⑦389
  • 図5 (p.13) ... ②98
  • 図6 (p.15) ... ②132
  • 図7 (p.17) ... ②194
  • 図8 (p.20) ... ②218
  • 図9 (p.21) ... ③412
  • 図10 (p.24) ... ②452
  • 図11 (p.26) ... ③174
  • 図12 (p.28) ... ④338
  • 図13 (p.29) ... ④592
  • 図14 (p.31) ... ④523
  • 図15 (p.32) ... ④522
  • 図16 (p.34) ... ④448
  • 図17 (p.35) ... ⑩154
  • 図18 (p.35) ... ⑩154
  • 図19 (p.37) ... ⑩172
  • 図20 (p.38) ... ⑪447
  • 図21 (p.42) ... ⑫246
  • 図22 (p.42) ... ①406
  • 図23 (p.43) ... ⑫248
第2章
  • 図24 (p.46) ... ⑫514
  • 図25 (p.47) ... ⑫515
  • 図26 (p.48) ... ⑫518
  • 図27 (p.48) ... ⑫518
  • 図28 (p.51) ... ⑫508
  • 図29 (p.51) ... ⑫509
  • 図30 (pp.54-55) ... ⑫512
  • 図31 (pp.62-63) ... ⑩416
  • 図32 (pp.74-75) ... ⑪26
第3章
  • 図33 (p.81) ... ⑪42
  • 図34 (p.85) ... ⑧188
  • 図35 (p.89) ... ①188
  • 図36 (p.92) ... ①188
  • 図37 (p.98) ... ⑥92
  • 図38 (p.98) 
  • 図39 (p.99) ... ①282
  • 図40 (p.103) ... ①222
  • 図41 (p.105) ... ①36
  • 図42 (p.105) ... ①36
  • 図43 (p.107) ... ④296
  • 図44 (p.109) ... ②408
  • 図45 (p.111) ... ⑥114
  • 図46 (p.112) ... ⑥115
  • 図47 (p.113) ... ⑦175
  • 図48 (p.113) ... ⑦174
  • 図49 (p.116) ... ⑬100
  • 図50 (p.117) ... ⑬101
第4章
  • 図51 (pp.120-121) ... ⑤210
  • 図52 (p.124) ... 図版なし。
  • 図53 (p.128) ... 図版なし。⑤207の脚注で言及。
  • 図54 (p.130) ... ④352
  • 図55 (p.131) ... 図版なし。
    図56 (p.131) ... ⑪429
  • 図57 (p.135) ... 図版なし。
  • 図58 (p.138) ... ⑧467
  • 図59 (p.139) ... ⑧472
  • 図60 (p.142) ... ⑧466
  • 図61 (p.146) ... ④490
  • 図62 (p.150) ... ④132
  • 図63 (p.154) ... ⑦344
  • 図64 (p.155) ... ⑦342
  • 図65 (p.158) ... 図版なし。⑦344の別の図版解説で言及。
第5章
  • 図66 (p.165) ... ②164
  • 図67 (p.165) ... ②165
  • 図68 (p.168) ... ⑦180
  • 図69 (p.169) ... ⑦176

吉川一義『絵画で読む『失われた時を求めて』』(中公新書)

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