2016/04/17

ピエール・ド・マンディアルグ『大理石』

ともあれ、どんな細部も見落とさないほどの、そして記憶に刻み込まれたカードに記載され、所有され消費され最後に消化されるほどの、正確無比なイメージをつくりあげることができれば本望だ、と彼は思うのである。それでも正確な表現に向って努力するにつれて、不可能は徐々に明らかになった。ビュックは、望みのものを手に入れられない無力感が大きくなるのを感じていた。
大理石をめぐる物語。それぞれがほぼ独立した体裁をもつ6つの章に毎回モチーフとして登場する。中核ではないようで案外重要なモチーフであり、各章を接合する役割を担っているのかもしれない。

章題と登場する大理石。
  1. 証人の紹介:文鎮...
  2. ヴォキャブラリー:大理石で彫ったAからZまでの巨大な文字...
  3. プラトン的立体:湖上に浮かぶ「怪物の島」で見たもの...
  4. 証人のささやかな錬夢術(オニロスコピー):連夜見た夢のなかで...
  5. 死の劇場:訪れた風変わりな町の中心にある建物...
  6. 魚の尻尾:「大理石の宮殿」...

副題に「イタリアの秘密 les mystères d'Italie 」と付されている。作者に「好色漢」だとか「札つきの極道者」呼ばわりされる主人公フェレオル・ビュックが、作者(そして読者)の証人としてイタリア各地を放浪する。ただし、彼が目にするものは空想のイタリアらしい。

物語が終わり、読者の手に委ねられたフェレオルはその後、どこへ行ったのだろうか。その姿は、ピラネージが設計した幻想の建物や都市の絵画の中に見かけることができそうだし、鞄の中には海洋生物や昆虫(作家の好きなモチーフ)を描いたラブルールの画集を携えているかもしれない。

本を手にする以前は、作家のサド的な一面ばかりを気にしていたのだが、「あたかも虫眼鏡で眺めたかのごとき細密描写」を基本とする筆致にも(それこそ?)、この作家の魅力の一端があるようだ。対象はいささか風変わりだけれども、博物学的な「モノ」「小道具」への眼差しは、今の読者にもノスタルジックに受け入れられるのではないかと思う。

***
古い家々の動物誌は驚くべく変化に富んでいて、家のなかにいるにもかかわらず決して姿を見せない生きものたちの、およそのリストをつくるだけでも、修道僧の全生涯を必要とするであろう。 
フェレオルは、一つの世界と他の世界の中間であり、双方の性質を帯びている場所に、自分が生まれた時のままの裸の姿で横たわっている、と考えて微笑した(...)。それというのも、彼は不純なものや無限のものより以上に、二重のものが気に入っていたからである。より正確に言うならば、混種のもの、水陸両棲のもの、中間のものである。《どっちつかず》《たそがれどき》などといった表現は、彼をうっとりさせた。

〔付記〕この記事を最初に掲載した2012年8月5日は訳者の一人澁澤龍彦の命日、没後25年だった。

〔画像〕ヘネラル・カレーラ湖(パタゴニア)にある大理石の洞窟
〔関連記事〕

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『大理石』
澁澤龍彦・高橋 たか子訳(人文書院)
André Pieyre de Mandiargues, Marbre ou les mystères d'Italie, 1953

0 件のコメント: