家の中で殺人が起こったというのに、それも家族の一人が被害者だというのに、捜査に非協力的なラショーム家の人びと。強情で、反抗的なラバ mule récalcitrante のよう。しかも今回は若手の予審判事に、その同窓だというラショーム家の弁護士も登場し、メグレはいつもより扱いにくい存在に囲まれる。それだけに、何年も前にラショーム家を飛び出したきりの被害者の妹は、異彩を放っている。
行き着く先の真相が、まさにシムノンらしいとはいえ、シリーズのなかではずいぶんと悲劇的なほうなのではないか。それから、定年間近という設定はいわば「普段どおり」なのだが、メグレは、歳をとったことをいつもより気にして憂鬱になっているのも印象的だった。「急に自分が年寄りのような、もう過去の人間のような気分になっていた...」普段であれば、そんな悩みも夫人が慰めてくれるはずだが、今回はそういうシーンは見当たらない。ちょうどメグレと同じくらいの年齢に達しているからなのか、作者自身の気分も投影されているように感じられる。この作品を出した時期は、作家としてはあいかわらず、メグレ警視シリーズに限らず多くの傑作を産み出している最中なのだが。
〔参考〕- メグレ警視:80口の固い証人たち in メグレ警視のパリ
- メグレ警視シリーズ完読計画 in Sibaccio Notes
- (人物事典)ジョルジュ・シムノン in Sibaccio Notes
ジョルジュ・シムノン『メグレと口の固い証人たち』
長島良三訳(河出書房新社)
Georges Simenon, Maigret et les témoins récalcitrants, 1959
Georges Simenon, Maigret et les témoins récalcitrants, 1959
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