有名な哲学者が世界や人間についてどのように考えをめぐらせたのか、それはとても興味深いことです。けれども、翻訳であれその著作を直接読んだみたところで難解な文章に面食らい、かえって理解が遠く及ばないことがよくあります。そのため私の場合は、つい入門書だとかダイジェストといったものを手にして、それでもって解かったつもりになって満足してしまうことが......
本書『モンテーニュ入門講義』でも、『エセー(随想録)』について懇切丁寧な解説や考察を読むことができます。『エセー』の主要な章から文章を豊富に引用して、死・教育・他者・友愛・政治・身体といったテーマを観点にモンテーニュの考えたこと、彼がそのように考えるにいたった時代背景、あるいは当時としては画期的・現代的ともいえる彼の見解について論じています。テーマとしてはオーソドックスな構成といえますが、『エセー』の最大の愛読者の一人であったパスカルの『パンセ』との関連や、モンテーニュの最高の友人であったラ・ボエシの『自発的隷従論(奴隷根性について)』との比較などは、著者ならではの特色であり、読みどころでもあると思います。
冒頭でも述べたように、これだけでモンテーニュを解かった気になってしまいそうです。とはいえ、それは著者の本意ではなく、この本に感心した読者はみな、いよいよ『エセー』を手に取るべきでしょう。多くの識者が言うように、『エセー』は何の予備知識がなくても読み始めることができる書物だと思います。一方で、全3巻全107章の浩瀚な書物であることも事実です。第1巻のはじめから読み始めたものの、この本がなぜ面白いのか・どこに魅力があるのかがつかめないうちに飽きてしまうとか、「『エセー』はどこから読み始めてもよい」という意見はあるものの、実際どこから読めばよいのかやはり迷う、という向きもあるのではないかと思います。私自身、初めて『エセー』を読んだときがそうでした。
そこで、本書で多く引用されたり、あるいは考察においてとくに重要視していると思われる『エセー』の代表的な章をいくつか並べてみたいと思います。題名は国書刊行会版にもとづいています。
- 第1巻
- 第14章「幸不幸の味わいは大部分我々がそれについて持つ考え方の如何によること」
- 第20章「哲学するのはいかに死すべきかを学ぶためであること」
- 第23章「習慣のこと及びみだりに現行の法規をかえてはならないこと」
- 第26章「子供の教育について」
- 第28章「友愛について」
- 第31章「カンニバルについて」
- 第2巻
- 第12章「レーモン・スボン弁護」
- 第17章「自惚れについて」
- 第37章「父子の類似について」
- 第3巻
- 第5章「ウェルギリウスの詩句について」
- 第6章「馬車について」
- 第8章「話合いの作法について」
- 第9章「すべて空なること」
- 第10章「自分の意志を節約すること」
- 第12章「人相について」
- 第13章「経験について」
上記に加えて、第2巻第10章「書物について」と第3巻第3章「三つの交わりについて」も、初めてモンテーニュに接する方に興味深く読める章なのではないかと思います。また、著者がまえがきで触れているように、第3巻(全13章)から読むのも一手だと思います。そして「モンテーニュ、面白い人だな」と感じられたら、さっそく『エセー』最大の雄篇である第2巻第12章「レーモン・スボン弁護」にとりかかってみるのも良い気がします。あるいは章立てにこだわらず、本書が構成したように、人間性の評価とか性愛、病気、社交生活、あるいは政治観といった観点でもうしばらく概観的にアプローチしてみるのであれば、『新選モンテーニュ随想録』(関根秀雄訳、白水社)などもおすすめです。
〔参考〕
- 『モンテーニュ随想録』関根秀雄訳(国書刊行会)
- 『新選 モンテーニュ随想録』関根秀雄訳(白水社)
- アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のモンテーニュ「エセー」入門』山上浩嗣・宮下志朗訳(白水社)
- エチエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』山上浩嗣訳(ちくま学芸文庫)
- 保苅瑞穂『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』(講談社学術文庫)
- 大西克智『『エセー』読解入門』(講談社学術文庫)
山上浩嗣『モンテーニュ入門講義』(ちくま学芸文庫)
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