2020/06/06

デュラス『ヴィオルヌの犯罪』

下敷きにしているのは、1949年12月に起こった事件。パリ南部にある町サヴィニー・スュル・オルジュで、アメリー・ラビルーという女性が夫を殺害、遺体を切断した後、その断片を数度に分けて通過する貨物列車に投げ入れたという。
独自の世界観をみせるデュラスが、実際に起こった出来事にもとづいて、それも事実要素を多く含めながら描くと、ふだん読み慣れている作品とは異なった印象に包まれる。その一方で、物語自体は換骨奪胎されており、その書き方(エクリチュール)はやはりデュラスだなあ、とも改めて感じる。おそらく、デュラス作品のなかでは読みやすいほうで、サスペンス小説としても楽しめると思う。

ノンフィクションやドキュメンタリーな作風からは遠いと思われる作家が、まるで強迫観念に囚われたかのように、このような作品を執筆した動機は何だったのだろう。そういった事実、あるいはそれを引き起こした人物、社会的には犯罪者に堕した人々に対して、抗しがたい強烈な共感のようなものをおぼえたのだろうか? カポーティの『冷血』や三島由紀夫の『金閣寺』を読んだときにも、似た感想を抱いた。

〔余談〕
デュラスははじめ、同じ事件を下敷きに『セーヌ・エ・オワーズの陸橋』という戯曲を1960年に制作した後に、小説として本作を作り直している。1967年に執筆、翌年には改めて戯曲化されている。原題の直訳は『イギリス人の恋人 L'Amante anglaise』。タイトルの由来は、小説のなかで判明する。

マルグリット・デュラス『ヴィオルヌの犯罪』田中倫郎訳 (河出文庫)
Marguerite Duras, L'Amante anglaise, 1968

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